2004年7月4日
こんにちは!お父さんです!元気だかね! 4年間の大連生活を終え、7月4日(日)帰国しました。 記念すべき大連リポート200号はお別れ会を特集します。 6月末からほとんど毎日のように送別会がありました。みなさんの温かい心持ちに触れ、とてもよい気分でした。 中国の親会社や親しい取引先(合弁企業)などからも、気を使っていただきました。 とても有難く、感謝の気持ちでいっぱいです。 さて、
6月25日は製造部の生産管理と品質保証が合同でやってくれました。 |
香周路を歩いて行きました。芙蓉の花が咲き誇って、とてもきれいでした。 |
レストランはとんがり屋根の建物の1階です。 前にはガーデンがあり、ビーチパラソルのテーブルが置いてあります。 |
円形食卓2台がぴったりくっついてちょっと狭かったですが、いつもの料理と、 |
王工場長の白酒の飲み方は独特です。 記念に写真に残そうと何度も撮りましたが、うまく写っていません。残念でした。 何が独特かといいますと、飲んだ後、とてもまずい顔をするのです。 白酒はアルコール度が高く、とてもきつい酒です。 ロシアの「ウオッカ」、メキシコの「テキーラ」アメリカの「バーボン」などと同等です。 ですから、日本酒のようにちびちび、ゆっくり飲むと、のどが焼けるように熱くなり、以後飲めなくなります。そこで、一気に飲み乾します。 ちょうどビールを飲むように、のどを全開にして、流し込むのです。 こうすれば、白酒が口の中に残らず、腹の底から酒の香りが楽しめます。 通常、食事会で注文するのは50度前後です。私は基本的に50度以上でないと飲みません。 なぜかというと、38度や42度のものは後味が悪く、悪酔いするからです。 王さんの白酒を飲んだ後の顔を見ると「そんなにまずけりゃ飲まなくてもいいのに」と、思わず言いたくなります。でも、この飲み方は彼の癖で 、しかも、 この飲み方でびっくりするほどたくさん呑むのです。 |
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ピンボケ写真ですがこんな雰囲気です。 | 消耗品担当の周静さんも宮崎君と別れの乾杯です。 |
生管の若きエース王希体です。 ではでは。再見!(^O^)/〜〜〜 |
6月28日月曜日は会社の送別会です。 |
今日の飲み物は白酒もビールも「茅台」でした。「茅台」は白酒では中国一です。 が、ビールを見たのは初めてです。早速、記念写真(^O^) このような私の行動も皆さんにとっては見納めになります。ほっとしているかな(^O^) |
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白酒は間違いなく消費量が減ります。会社の若い連中もほとんど飲みません。 15年前、日中人材交流協会の招待で、中国訪問した時はビールは「青島」だけでした。 |
さて、会場は大広間で、3つテーブルがあります。 | |
このテーブルは製造部の皆さんです。 | |
ここは副総経理、管理部長、営業部の皆さんです。 送られる宮崎君とその通訳権香子さんもいます。 |
営業課長の李さんです。 |
検査課長の侯さんです。 | 宮崎君の通訳権さんです。最近とても綺麗になりました。 |
左から李さん、管理部長の由さん、宮崎君。 |
宮崎君に由さんの手を握らせています。 副総経理はいつもこのようなことを仕掛けます。 |
左の黒いセーターを着ている人が副総経理で、 その隣が通訳の徐さんです。 |
朱さん、曹さん、王さんです。 | メインディッシュの「水餃子」とフルーツの「西瓜」です。 |
常盤さんのテーブルです。後でピンボケに写っているのは楚さんです。 | |
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楚さんにいただいた写真を紹介します。楚さんは今日の場を一番盛り上げてくれました。 |
まず製造部の左から鄒さんと王さん(旋盤)、そして彰さん(研磨)です。 経理の楊さんは10月頃出産予定です。4年間毎月給料計算ありがとう。 |
これで会社の送別会を終わります。再見!
7月4日は帰国の日です。8時大連空港発です。日曜日の早朝でしたが大勢見送りに来てくれました。 お休みなのに恐縮でした。 ここで、朱さんから巨大な中国結びをいただきました。 |
無理やり、刺繍絵画の袋に押込んで持ち帰りました。 | 朱さんの奥さんも一緒でした。由部長と一緒に写真を撮りました。 |
中国結びは玄関に飾りました。 |
これ以外にもたくさんお土産をいただきました。 |
ふと、考えが浮かびました。わたしも中国4年の間に中国グッズをたくさん買ってきました。 こういうものは皆さん以外にも親戚や友人に進呈しました。 まだ残っているものもたくさんあります。 これらを「チャイナアクセサリー」として、フリーマーケットあるいはガレージで、売ろうかなと考えています。 |
こんな風に準備中です。大体の単価は500円くらいです (^O^) |
皆さんも売ってくれませんか(^O^)。まずは隣近所から始めます。皆さんもご検討ください。 ではでは。再見!(^O^)/〜〜〜 |
追伸 |
大連生活4年間に会社関係の食事会は100回を越しているでしょう。 店内の雰囲気、料理、食べ方、人の所作、などなど写真をゆっくりご覧ください。 |
2000年4月>技術部の歓迎会<場所は忘れました。 |
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2000年5月>五一広場近くの四川料理店で海鮮シャブシャブ 入口にはスタイル抜群のきれいなガイドが笑顔で迎えてくれます。 |
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彼女たちは容姿端麗が条件で雇用されており、やることは入口のドアで会釈するだけです。 |
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しかし、給料は店員(料理を運んだり、テーブルの片付け、準備)より高い。 |
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海鮮レストランには大抵、入口に生簀があり、 ここで好みの魚介類を注文します。グロテスクな魚ですが、 これが見かけによらず美味しいのです(名前は忘れました)
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店員がシャブシャブの火加減や材料の投入や浸け汁などの準備をしてくれます。 |
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2000年7月>南山賓館前の庭園で私の主催する技術部幹部食事会 ここには日本料理店「行雲」があり、ここの料理長が名古屋出身の松本さんでした。 彼にお願いして、中国人にも食べられる日本式オードブルを1人前100元で考えてもらいました。 |
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結局、飲み物込みで1600元(12人)でした。 その後、私達日本人がよく行く日本式スナックで飲んで歌って1000元。 合計2600元(40000円弱)。手持ちがなくてスナックは付けでした(@_@) |
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2000年7月>会社食事会後のカラオケ大会(白山路招待所) | |
2001年7月>山本さん送別会<場所は忘れたが、ボールルームのある大きな会場であった。 | |
2001年9月>常盤さん歓迎会<場所:萬家燈火 | |
2001年9月>日本から退職社員の表敬訪問歓迎会<場所:萬家燈火 | |
翌日はみなさん工場見学 | |
2002年2月>大原さん送別会<場所:? | |
2次会はなじみのスナックでお別れのど自慢 | |
空港に見送りします。 | |
2002年3月>常盤さんの誕生会<場所:? | ||
大根で作った見事な白鳥 | |
2002年8月>会長歓迎会<場所:? | |
左>南瓜nangua(カボチャ)で作った金魚 右>西瓜xigua(スイカ)で作った鳳凰 | |
乾杯!乾杯! | |
2002年9月>加藤さん歓迎会<場所:大衆食堂でシャブシャブ | |
入口の生簀で魚介類とその料理方法を注文します。 | |
2002年9月>韓国からのお客さん歓迎会<場所:天天漁港 | 窓の外、左側に見えるのが大連体育場です。 |
両手に花(通訳) | 社員の娘さんが友達連れて遊びに来たので一緒に歓迎。 |
なにやら二人と楽しそうにお話しています。友達の視線がとても熱いです(^O^) | |
2002年11月>朱さん主催の食事会<場所:自宅近くの錦秀大酒店 | |
まずは奥さんともども記念写真 | 譚広全さんの家族>子供の名前は「笑」。
もちろんお祝いの陶板を差し上げました。 ところで譚さんによく似たアメリカの俳優はいませんか? |
笑君は大もてでした。 | |
2003年10月>皇賓楼3階<
ここは勝利広場に面しており、 ガラス越し眼下に勝利広場が展望できます。 |
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この場所は楊さんに教えてもらったのです。
最初に来たのは大連リポート011で紹介しました。 それ以来、1週間に一度は個人的にも来るレストランです。 |
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2004年1月>新年会<場所は?? | |
最後に残った面で作った料理皿を三度笠にしてピーース(^O^)
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2004年1月>新人歓迎会<場所:?? |
2004年3月>食事会のあとの2次会 | |
店の雰囲気>女性ボーカリストがピアノを弾きながら歌っている。 最近、このようなパブが増えている。 |
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店は満員で席がない。隅の方に小さい円テーブルがひとつ開いていた。 | 改めて店の雰囲気です。 | |
2004年4月>工場見学団歓迎会<場所:天天漁港 | |
生簀で海鮮の注文 | |
感激の再会>今日は何十年ぶりかで懐かしい人に会えました。 | |
このあと2次会に進み、大いに歌って、踊って、飲みました。 | |
以上で秘蔵写真の紹介を終ります。 ではでは。再見!(^O^)/〜〜〜 |