2004年5月13日〜16日>太極拳の本山「武當山」訪問
2004年6月10日、こんにちは!お父さんです!元気だかね! 5月の中旬に南方「湖北省」シアンファン(Xiangfan)へ出張しました。 シアンファンは日本語がありませんので、やむを得ずカタカナで表現します。 私が今までに出張で出かけた最も南の国は重慶です(北緯約29度)。 行きは北京経由で直接シアンファンへ。 |
5月13日(木)午前中急遽出張が決まりました。我々が作った製品の使用結果が悪いのです。 クイズです。「何を燃やしているのでしょうか?
」さあ!お答えください。 Xiangfan空港には19:30到着しました。 夕食は機内食を食べたばかりでしたから、おなか一杯でした。そこで、まっすぐホテルに向かいました。
どんなホテルがいいですか?と聞かれたので、三ツ星レベルで、1泊280元くらいを希望しました。携帯でめぼしいホテルを当っています。 |
朝から雨が降っていました。泊まったホテル「紅宝石大飯店」です。 右側は改装中の玄関です。もうすぐ完成です。黄金色のギンギラギンです。 中国人はこんな感じが好きだといってました。 |
部屋から改装中の工事現場が見えます。 相当立派なホテルになりそうです。 いま三ツ星ですが、四つ星の可能性もあります。 |
訪問した会社は敷地も広大です。地図を見ると「東風汽車公司Xiangfan基地」とあります。 地図の右上全部が東風集団です。 左端に市の名前があります。 |
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お昼になりました。
食事のため外に出ましたが、工場付近にはレストランはありません。 広大な工場を通り過ぎ、歩いて15分くらいかかりました。 この工場はアメリカとの合弁です。塀にいろいろ書いてあります。 |
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<昼食メニュー> 手前左>ジャガイモとねぎの唐辛子炒め。手前右>豚肉とたまねぎとピーマンの唐辛子炒め。 向こう右>にがうりの唐辛子炒め。向こう左>涼菜5点セット。 中央>白魚のトマトスープ(とてもおいしかったので名前を聞きました>西紅柿黄魚火鍋) どれもみんな適当な辛さで、とてもおいしかったです(^O^) |
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仕事は順調に進みました。これで帰えれると思っていたら、別件が発生しました。 この地区の代理店の徐さんが逢いたいというのです。 明日は彼に逢います。 夕食をどこで食べるか考えました。ホテルでは一般的な料理しかありません。
うまいまずいは別として、地元の独特な食事が食べたいと思い、ホテルのフロントに聞いたが良く知らない。 タクシーの運転手はしきりに辛いものと、辛くないものの話をしていたようです。
この中で、一番有名な料理は「宜城大蝦」です。早速、注文しました。 ここの宜城大蝦は多分、食料用として養殖していると思います。 唐辛子で味付けし、少し辛いですが、ビールのつまみにはちょうど良い加減でした。 ビールのグラスがガラスではなく、樹脂コップでしたからとても飲みにくかった。 悪戦苦闘して30分、食べ終わったところです。 宜城大蝦を食べてる間、なかなか次の料理が出てこないので、劉さんに確認すると、ほかは何も注文していないという。
私はたしか2、3点頼んだつもりでした。 結局注文しなくて良かったのです。 出てきました。大根と豚足のスープです。これまた手袋が必要です。 明日は朝、9時に代理店の徐さんと、ホテルのレストランで一緒に朝食を食べ、同じお客さんに出かけます。 5月15日土曜日>快晴あつーーい さすが、南方です。朝から陽射しが強くとても熱いです。 朝食を食べながら、新しい仕事の話がたくさんありました。 しかし、今日は大連へ帰る便がありません。 |
太極拳の本山「武当山」は、Xiangfan市から北西方向の十堰市です。高速道路で約3時間かかりました。
入口に来ました。早速記念写真です。
入場券を買います。こんな入場券でした。こんなに高い(70元)とは思っていませんでした。
チケットは後で見せてもらったので、うっかり徐さんにお金払うのを忘れました。
それにしてもすごい高いです。何でだろう??理由は後で解りました。
時間は11時30分です。 この先には食事するところがないということで、門のすぐ近くにあるところに入りました。 レストランの名前を書いた看板などなにもありません。 車で少し坂道を上がり、駐車場に車を停め、坂道を歩いて昇ると、中央部に中国南方によく見られる、とんがり屋根の小さな休憩所がありました。
隣には小さな部屋がたくさん並んでいます。 ここから武当山方向を見ます。正面の高い山の向こうです。 この食事処は「知る人ぞ知る」です。 そこで5月28日お母さんにメールしました。 「ミント」というのは中国語で「薄bo4 荷he2 」といいます。 さて、食事の菜単は山の幸ばかりです。これがとてもおいしいのです。ご飯ははっきり言ってまずい。 基本的なメニューは5つです。 外で食事していますから、風が吹いて爽やかです。
しかし、今日はとても暑く、食事中汗が出ます。 一瞬冷たく感じたのは、器の所為でした。もう一度、写真を見てください。 |
武当山まではクネクネと曲がりくねった狭い山岳道路です。
向こうから車が来るとすれ違う時、とても危険です。 こんな山道を1時間くらい走ります。 私は疲れてずっと寝てました。 周りはこんな感じの山がずっと連なっています。 |
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着きました。 武当山に登る、ロープウエーの前で、徐さんと記念写真です。 陽射しが強く、二人ともまぶしそうです。 |
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ロープウエーの乗り場入口から、いま来た方向を見ます。 崖の上に小さな駐車場があります。あそこに車を停めました。 |
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ロープウエー乗り場も立派です。 | ||
ロープウエー乗り場の入口で記念写真。劉宏敏はこんな子です。 独身です。設計者としてはまだまだです。が、今回はいい勉強になると思います。 |
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ロープウエーの切符を買うのを忘れました。売り場はずっと下のほうでした。 すると係員が私が買ってきてあげますといって、走って買ってきてくれました。 ひとり70元でした。とても高いので驚きましたが、その理由は乗って解りました。 |
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徐さんが10年前に来た時はロープウエーはなく、歩いて登ったそうです。約3時間かかったそうです。 |
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いま来た方向です。 | やっと到着しました。徐さんがおります。 ロープウエーは停まりませんから、下りる時は、ちょっとあわてます。 |
入口に武当山の全体図があります。 | |
上を見ると、くねくねと曲がりくねった細い階段が、ずっと上のほうまであります。 |
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私達はガイドさんを頼みました。 |
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上からロープウエーの乗り場を見下ろします。険しい山がずっと向こうのほうまで続いています。 |
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あの上まで登ります。かなり険しそうです。修行の場ですから、当然です。 |
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途中の壁面に石碑があります。二つ紹介します。 「一柱フ天」の「フ」は〈比喩〉差し上げるという意味です。 |
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もうひとつは「整軍經武」zhong1
jun1 jing1 wu3。
「整軍經武」は軍隊を訓練し装備を整えることです。 |
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中国寺院独特の屋根瓦です。 |
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最初の建物です。適当に周りの写真を撮りました。
中に時々、案内看板とか、説明板が出てきます。 |
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室内から通路越しに外を眺めます。 |
最初の歴史的建物はなんと「紫禁城」でした? |
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再び頂上を目指して細くて、険しい参道を進みます。 |
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途中の壁面に石碑がありました。方板武という人(指導僧?修行僧?)の作品 |
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「我武維揚」 | 「遊天柱峰」 |
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今登ってきたところです。パラソルのあるところで休憩しました。ここにガイドがいました。 |
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「紫禁城」は北京の「故宮」(天安門広場前)にあります。「紫禁城」は明・清王朝の宮城です。 1419年に明朝の永楽皇帝の命令で建てられたものです。もちろん世界遺産です(1987年認定) |
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狭い参道がグルっと一周しています。四隅には鬼門に対する見張小屋があります。 |
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険しい階段には、観光客のために手摺りに鎖が取り付けてあります。 |
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このような鍵は野間の灯台にもたくさん付いていました。 |
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ここが頂上です。本殿があり、お参りしました。 |
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せっかくですから記念にと、お土産を探しましたが、なにせ、山の上です。 |
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本殿の屋根にも魔よけ?の像が四方をギロっとにらんでいます。 |
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ガイドさんが本殿の説明をしています。まわりの人もちゃっかり聞いています。 |
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頂上から今登ってきた方向です。 |
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手前の大小2つの山は関係があります。 何に見えますか?さあ、当ててください。 |
本殿の裏に「父母殿」がありました。 | |
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裏側にもなにやらあります。
何なのか聞くつもりでしたが、うっかり忘れてしまいました。 |
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頂上付近に樹齢500年の古木があります。それはもうよぼよぼでした。 |
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帰り道です。登りと同じ、ものすごい下りです。 |
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こちらの隅にも見張所のようなものがあります。 | |
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登りとは反対側の参道です。本当に狭い道です。 |
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緑色の屋根が見られるのはここが最後です。 |
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写真左>帰りのロープウエーから麓を見ます。前のロープウエーに乗っているのが徐さんです。 |
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今日一日、徐さんにはすっかりお世話になってしまいました。 お礼に夕食を奥さんとともに、ご馳走したいといいました。 しかし、奥さんは残業で7時まで仕事といいます。残念でした。場所は徐さんに決めてもらいました。 近くの別のホテルがおいしいとのことで、6時ころ出かけました。 徐さんは若いがとてもしっかりしています。 仕事の考え方、行き方などについて、いろいろ話しをしました。劉宏敏も一所懸命通訳してくれました。 |
5月16日(日)
帰りは大連行き直行便がありません。武漢まで行かなければなりません。 朝7:00にホテルを出発。8:00シアンファン駅発の汽車に乗りました。 料金は乗車券40元プラス座席券20元の60元。 |
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武漢まで3時間40分かかりました。この車窓から外を見ていると、あることが解りました。 シアンファン空港に着く直前、夕闇迫る大地に赤い火が点々としていました。 いったい何を燃やしているのだろうとずっと考えていました。 が、その答がありました。写真見てください。 |
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地平の彼方までずっと黄金色の畑が続いています。はじめは全部、麦畑だと思っていました。 途中で、ちょっと違うのでは??と思い、劉宏敏に聞いたが、知りません。 彼女も麦だといいます。 前に座っていた親子連れのお母さんに聞いてみました。 しかし、はっきりしません。 刈った後の置き方が麦とは違うのです。また、茎は太く白いのです。 |
シアンファン出張、最後のリポートです。 |
昼食は飛行場では高いので、武漢の駅前で食べました。 |
菜単(メニュー)はちょっと辛めにしました。しかし、鶏も麻婆豆腐もさほど辛くありません。拍子抜けでした。
劉宏敏は右上のスープのような料理が好きのようです。しかし、ものすごく臭いのです。 |
日本に「クサヤ」というのがありますが、同じ匂いです。 |
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武漢の飛行場です。車も人通りも少ないです。
武漢発は16:30です。時間はたっぷり4時間あります。 |
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そこで、2階の喫茶に行き、私はビールを注文しました。劉宏敏はなにも要らないと言うので、ビール1本で2時間粘りました。
客も少ないので、文句言われません。 1時間前に搭乗手続きしました。 この飛行機は青島経由でしたが、これが大変なことになったのです。 武漢を予定通り16:30に出発し、予定通り青島に18:30に着きました。 このまま青島を出航する予定でしたが、一向に飛行機は動きません。 30分、1時間、特別に説明もありません。乗客がざわついてきました。 スチュワーデスに詰問している乗客もいます。1時間半、2時間、さすがにみんなもう我慢できません。 すると、乗務員から「いったん機を降り、ロビーで待つ」よう連絡がありました。 みんなロビーで待ちましたが、それからまた1時間経過しても、正確な事情が解りません。 再び、乗客が騒ぎ始めました。情況説明がないのです。 |
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22時(PM10時)コーラとサンドイッチがでました。 どうやら、着陸地大連の天候不順のようです。 霧が深いのでしょうか??それなら、説明すればみんな理解するはずです。本当に不思議です。 大連は管制不備のため有視界飛行なのです。ですから、霧が深いと離着陸できないのです。 いま、急ピッチで空港を整備中です。 国際レベルの飛行場になるのももうすぐです。 22:30やっと搭乗許可が出たようです。みんな飛行機に乗りました。 |