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2001年4月1日、こんにちは!お父さんです。元気だかね!
最近日本は冬に逆戻りしたようですが、ここ大連は、黄砂混じりの春一番が毎日吹き荒れています。 うかつにも農家の名前を聞くのを忘れました。
また、正確にここが何処なのかもわかりません。 この農家を探してくれたのは、以前会社で仕事していた牟さんの彼氏初君です。 とにかく今年は中国の米作りを見ることが出来ます。 おっと、以上のことはエイプリルフールではありませんぞ(^O^) |
大連から大型乗合バスで「金州」まできて、 ここで小型のバスに乗り換え。 |
広大な農地と、満々と水をたたえた田んぼの前の貯水池 (フナや鯉がたくさんいる?) |
借りる田んぼ | |
私の左が主人、右が弟さん、右端が牟さんの彼氏初君。
ではでは、再見!
From DALIAN With Love!
こんにちは!お父さんです。元気だかね!
米作り第二弾です。 3月31日は乗合バスで行きましたが、このバスは個人営業のため、途中で何度も停車して客を拾います。 また、乗り換えもあって大変でした。 これでは、目的地に着く前にくたびれてしまう。 20人くらいの人間が、気兼ねなく目的地まで行ければ、これが一番です。 そこで、観光会社で貸切バスを借りようとしました。しかし、高すぎてあきらめました。 20人乗りで一日約1500元(約2万円)一人当り75元。これでは行きたい人も躊躇します。 だからと言って、私が払えば、一から十まですべて私が払うことになり、みんなが気兼ねします。 そこで、会社の大型送迎バスを運転手付で借用することを考えました。 総務部長にお願いしたら、「大変面白い企画です。お貸ししましょう」と言ってくれました。 4月の苗作り、5月の田植え、8月の稲穂見学、10月の稲刈り、以上4回のツアーの乗り物は確保できました。 太好了! ただ問題があります。苗代作りの予定は14、15の土日です。 が、この日私は還暦行事参加のため、日本に帰国するので、苗代作りは見学できません。 また、田んぼへは3月30日に一度行っただけで、道順を正確に理解していない。 そこで、21日(土)に再訪問し、田んぼの道順を確認することにしました。 牟さんと初君の3人でタクシーで行きました。 道順を運転手の衣さんに連絡しなければ行けません。 このようなことのため、見学会はあらかじめ22日(日)と決めていた。 また、田んぼ見学と釣りぐらいでは時間が余るので、 なにか名所旧跡はないかと探したらありました。 この地の貧しい農家で生まれ、44歳という若さで亡くなった「関向応」の記念館です。 彼は1937年7月からの抗日戦争で輝かしい働きをした英雄です。 日本人の私としては、いささかの感はあります。が、大いなる関心もあります。是非見たいものです。 田んぼまではタクシーでちょうど1時間です。改めて、場所その他をお知らせします。 場所>金州区向応鎮徐屯村(400所帯、1400人) 農家>徐徳宝さん さて、今日は徐さん宅で昼食をご馳走になる予定でもあります。 日本人を客に呼ぶことは初めてなのでしょうか? あれこれ事前に好き嫌いなど質問がありました。 私には日本においても、特別嫌いな食べ物はありません。幸いにも、ここ中国でも同じでした。 肉類、海鮮、野菜、果物など非加工品は、日本よりはるかに新鮮です。 冷蔵庫がまだそれほど普及していないので、家庭では保存できない。 そこで、毎日の食料は市場で新鮮なものを買っている。 こちらの人は食材に関しては特別な目を持っています。 男も女も料理ができるので素材についても大変うるさいのでしょう。 鮮度の悪いものは絶対に買いません。 このような環境ですから、古いものを店頭に並べても、誰も買いません。 確かに会社や大連の食堂で食べるご飯よりは美味しい。
が、私が日本で食べていた寺元の米に比べると雲泥の差です。
ご飯が美味くないのは、炊き方に問題がありそうです。
水加減、火加減、蒸らし加減などは全自動です。
誰が炊いてもいつも同じように、美味しいご飯が炊けます。
今日のご飯の味はまあまあといったところです。
しかし、奥さんはご飯をたくさん炊いたらしく、しつこく進める。
断ると美味しくないようにとられるので、2杯もお代わりしてしまった。
喫飽了!
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広大な大地に続く田んぼ | |
苗作り、苗パレット | |
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苗作り温室の前で>共産党員牟さん、徐さん、私 | 昼食(初君だけビール、他は全員白酒)。 白い大きなねこがウロウロするので、 右手で抱きかかえて乾杯します。 |
徐さん、村長さん、牟さん | |
徐さん夫婦 | 奥さんたちと記念写真 |
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帰りにしつこく奥さんたちと入口で記念写真を撮りました。 何度もすみませんでしたm(_)m |
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こんにちは!お父さんです。元気だかね!
GWはいかがお過ごしですか? 中国では5月1日を「労働節」といいます。 労働者の祭典ですが、この大型連休のことを文字通り「黄金週間」といいます。 今年は4月30日から5月7日まで8日間です。 大きな広場や公園ではさまざまな催しが終日行われています。 テレビでも労働に知なんだ特集で目白押しです。 さて、私はと言えば、この連休を利用してたまっている本を読み、 貯めていた大連リポートを一挙にお届けしようと頑張る所存です。 リポートするのも大変ですが、読むほうはもっと大変か?(^レ^; 昨日、送信した「米作り2」は写真を編集しながら原稿作っていましたが、途中でハングアップしたためまたやり直ししました。 長文だったため、超ショック(^レ^;古い)です。 懲りましたので、この原稿はWORDで作っています。NOTEPADでは自動保存しませんので。 4月22日(日)苗代見学会を行いました。 参加しそうな人には、会社9:30集合と言っておきましたが、さて何人集まることやら心配です。 中国では「予定は有っても無いに等しい」のであります。 結婚式の案内でも一週間くらい前に出ればいいとこです。 20日に技術部の艾Uさんが結婚しますが、4月始めに早々と案内が出ました。 彼女は日本に何回も研修に行っており、日本式のいいところを良く理解しているようです。 相手の立場にたてば予定は早ければ早いほどいいのです。 従って、昨日「行きます」と言った人でも来ないかもしれません。 また、参加する予定ではなかった人が突然、現れることもあります。 こういうことにいちいち目くじらを立てていては、中国では生活できません。 いかなることが起ころうともそれを許容できる計画が必要で、幹事にはそれを受け入れる度量がないといけません。 心配しましたが、私を含めて全部で17人となりました。 予定外の人が4人増えました。 大体の予定はこんなもんです。 >09:30会社集合 |
高速道路「金州料金所」 | バス車中>みんな楽しそうです(^O^) |
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途中行路はきわめて順調であった。が、到着直前で徐さんの家を間違えてしまった。 中国の 農家の家は何処もみな同じように見えます。 道路わきに日本の団地住宅みたいに、同じような作りの家がずらっと並んでいます。 私もみんなと一緒に写ろうと、ここでカメラをタイマー設定し、たくさん撮ったが、タイマー設定のとき、操作を誤って解像度を低くしたようで、画質が悪くなってしまった 。>覚得遺憾 |
つぎの3枚は徐さん宅の様子を紹介するものです。 | ||
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見てください。この抜けるような青空を\(^o^)/ | ||
釣りをはじめる人、山菜取りに出かける人とふたつのグループに分かれます。 | ||
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山菜採りグループ | 釣りグループ |
楊ちゃんはとても可愛らしいです。 | おじいさんも楽しそうです。 |
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昨日21日、ここで食事をご馳走になったときはタンポポがあった。
多分、徐さんしか知らないところにはあるのでしょう。私もタンポポを生で食べるのは生まれて初めてでした。
独特の味噌を付けて食べるのですがなかなかの珍味でした。 皆さんも一度試されたらいかがでしょうか(^O^) タンポポはなくても他のものはいろいろあったようで、今晩のおかずが出来たとみんな喜んでいる。 運転手の衣さんが大声で「いいかげんにせよ」と怒鳴ったら、みんなしぶしぶ帰ってきた。 衣さんには逆らえない。 置いて行かれたら帰れないからだ。 昼ご飯を「関向応故居」付近で食べるため、徐さんの奥さんに別れを告げる。 「関向応故居」の場所を確認して出発したが、辺りに全員が入れるような食堂が無い。 そこでまた予定変更。先に「関向応故居」を拝観することになった。 館長さんの家は故居の真ん前にある。すぐに挨拶し、拝観をお願いする。 彼は関向応の弟の子供さんである。 日本人と戦って死んだ叔父さんの霊を引きずっているかと思いきや、そんなそぶりは全くない。 日本人の私に対しても礼儀正しい。 半世紀という時間が忌まわしき戦争の禍根を洗い流してくれたようです。 もし、事故が起こると私個人では処理できません。会社の世話になることは必定です。 また特別世話になった由部長には知多牛とタバコ1カートンを差し上げました。
これらの写真は圧縮する前のサイズ(約280KB)でFDに納め、勝利広場のカメラ店(百勝企業)に持っていき、普通の写真に焼付けしてもらいます。 サービスサイズが3元(40円)、全員が写っているものは少し大きめにするので5元(70円)です。 まだ、中国でデジカメを持っている人はほとんどおりません。 ではでは、再見! |
こんにちは!お父さんです。元気だかね! 4月22日金州区向応鎮徐屯村の田んぼを見、釣りや山菜採りを楽しんだ(?)後、 この記念館「関向応故居」へ行きました。 関向応は1902年9月10日この地の貧しい農家に生まれた。本名は「関治祥」という。 1937年7月7日夜、北京郊外の河で起こった日本軍と中国軍との発砲事件(いわゆる盧溝橋事件)はそれから以降8年近い日中戦争へとなっていった。 |
故居入口 | |||||||
左から牟さん、運転手の衣さん、わたし。 | 故居看板 | ||||||
全員記念写真 | |||||||
中庭全景 | 記念館入口 | ||||||
牟さんと楊さん | 関向応胸像前で>牟さんと彼氏の初君 | ||||||
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関向応胸像前で>張書さん | 関向応胸像と碑 | ||||||
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ではでは、再見!
From DALIAN With Love!
こんにちは!お父さんです。元気だかね! 5月13日(日)米作りツアー2回目行ってきました。 今回は少し人数が減って11名でした(1回目は16名) それでも会社のバスを出してもらいました。 参加者が減ったのは、運転手の衣さんが午後用事があるということで、出発時間が朝8時30分になったためです。 みんなの来れない理由は、日曜日ゆっくりしたいのに、これだけ早い時刻では起きられないというわけです。 なんとも情けない言い訳ですが、これが現実です。仕事より、米作りのほうが面白い私とは大違いです。 私ならどんなに疲れていても行きます。 さて、当日は少し風はあるが、絶好の田植え日和です。 黄金週間はあまり天気は良くなかったが、それ以後は抜けるような五月晴れが続いています。 |
朱さん夫婦が揃いのスタイルで仲良く手を繋いでやってきた。 車の中でもとても楽しそうです。太好了! |
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テーマの田んぼは、文字通りの五月晴れ | |
早速、苗床を見せてもらう。 |
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苗代 |
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期待に胸膨らませて行きましたが、残念ながらまだ早かったのです。
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ひとめぼれの苗 |
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田植えは、16日くらいから始め、約一週間かかるそうです。
21日なら、中国米の植えたものも根がついて、田んぼが田んぼらしくなっているという。
また、中国米を植えている間に、「ひとめぼれ」が成長して、田植えできるようになるというわけです。 田植えが見られなくては話になりません。 そこで、私は21日(月)一人で田植えの様子を見に来ることにしました。 徐さんにはその旨お願いしました。 今日は残念ですが、皆さん釣りでも楽しみましょう。 あらかじめ、徐さんには餌のミミズを頼んでいたので、すぐに釣りが出来る。 釣竿も5組買っておいて貰っている。 私は4月帰国したとき、釣竿を一本持ってきた。 釣りグループはほっといて、私は張さんと劉さんと水郷で小魚取りをやった。 |
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水郷で遊ぶ二人は楽しくて楽しくてしょうがないという風情です。童心に返っています。 |
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ミミズは「しまミミズ」だった。 大きな鯉が居るということであったが、1時間、誰も釣れなかった。 5センチくらいの小魚2匹という、お粗末さであった。 徐さん曰く、「皆さんは釣りが下手だ。私は、昨日ここで10匹釣った」と。 帰りの時間が来た。 食事の用意をしているみたいであったが、我々は帰らなければならない。 「昨日釣った鯉を料理するつもりだ」とも言われたが、都合があるのでとお断りし、 来週は私一人で来るので、そのときに食事をご馳走になりますといって、帰路についた。 |
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徐さんの孫が見送ってくれました。お尻の開いた中国独特の赤ちゃんパンツです。 |
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ではでは、再見!
From DALIAN With Love!
2001年5月21日、こんにちは!お父さんです。元気だかね! 今日5月21日、月曜日は休暇を貰って田植えを見てきました。 本当は昨日、日曜日行きたかったのですが、昨日は艾さんの結婚式でした。 しかし中国の米作りを語るとき、田植えを抜きには語れません。 また、どんなものを作るにしても、農業と天候は密接です。 ですから、この時期を逃すと見られなくなるのです。 徐さんには、土曜日26日ではもう遅いといわれ、やむなく平日の今日、タクシーに乗って行ってきました。 道は何回も行っていますので、タクシーの運転手にはキチンと指示できます。 タクシー代は片道150元+高速有料道路料金10元(2ヶ所:1ヶ所5元) 今、日本から仕事でK君が来ています。 彼は前回13日に初めて行ったが、雄大な丘陵地帯に、見渡す限りの畑を見て、感動してしまい、すっかりこの村が気にいったようです。そこで、いっしょにソフト開発をやっている日本語堪能な中国人のMさんに通訳してもらうため、いっしょに行ってもらう事にしました。 彼はたいへん釣りが好きで、彼の目的は釣りをするためで、田んぼではありません。 早速、徐さん家のイヌとネコにご挨拶します。 |
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左側がトーモロコシ畑(中国語で玉米yu4mi3ユイミ)、右側が水稲田 水田全体の大きさは、約500mX100mくらいです。
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ですから、一枚の田んぼはちょうど日本の私の家の前にある 貯水池は解りにくいが、前方にかすかに見えます。 |
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手前の2枚が私の田んぼです。すでに終っています。早く田植えが終った田は水が干上がっており、そこには横に倒れて根が露出した苗が点点とあるのです。 | |
果たしてこの苗はキチンと根付くのでしょうか? |
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奥さんグループは苗代から苗を取り出し、トラックに載せる。 |
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↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑私が持ってきた「ひとめぼれ」(看一眼)の苗は立派に成長していた。 まだ田植えには早そうであったが、今週中にはやるといっていた。 どんな具合になるのかたいへん楽しみである。 秋になって、このご飯を食べるのがこれまた、たいへんな楽しみである。 |
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11時頃奥さんがお昼の準備が出来たと知らせに来た。私と徐さんは白酒、MさんとK君はビールだ。 鯉の辛煮付け(身がコロコロでうまい)、ジャガイモとインゲン豆と豚のばら肉の煮つけ(ジャガイモは一個を半分に切り、皮が着いたままだ)、 それと生野菜。 たったこれだけであったが、たくさん作っているのかいくらでもお代わりできる。十分満足しました。 生野菜(きゅうり、山菜)のなかに前回食べて、こんなにうまいものかと驚いた「生ねぎ」がないので、奥さんにお願いする。 すぐ裏の畑に行って、採ってきてくれた。 これを卵と薬味を入れた家味噌をつけて食べるのです。 生ねぎなんて日本では千切りにした、うどんの薬味くらいでしか食べません。 それを白い茎から青い葉っぱまで(先のほうは千切って捨てるが)全部食べてしまうのです。 もうこれはたとえようもないうまさです。 みなさんも是非試してみてください。 スーパーで売っているようなものは多分駄目でしょう。それはいつ収穫したかわからないからです。 |
男達は水田作りです。ため池の水をポンプでくみ上げ、田にひきます。 |
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機械は10年以上も使っている老いたトラクタ1台。 |
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あとの3人はトラクタでは出来ないコーナー部をトンボでならしている。今日の分はほぼ完成しました。 | ||
田植えは直播です。
苗の根がうまい具合に鉄砲の弾のように尖っているから、上空に投げると根から落下し、 水田に突き刺さる。 私もやってみました。面白くて夢中になりました。 |
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田植えはこんな具合です。かなりいいかげんでしょう(^レ^;これが中国の伝統的な田植えなのです。
実は昨年、東北地方の米どころ「盤錦市」に行った時、見た田んぼもはるか地平線まで直播でした。 |
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13日は餌はあったのですが、一匹も釣れませんでした。今日は5匹つれました。 池の水が目に見えて減って行きます。田んぼにポンプで汲んでいるからです。 釣った魚は料理できませんので徐さんにあげました。 |
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4時半頃、いつもの若者の車で送ってもらいました。お礼は130元です。 ではでは、再見! |
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こんなメンバーで行ってきました。 アカシアが満開で花粉症になりそうなくらいプンプンします。 | ||
到着して徐さんにひとめぼれ(看一眼)の田植えを聞いたら、終っているという。 早速、見せてもらいました。田はため池とは反対側にあります。 |
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みんなが眺めているのが看一眼の田です。 その向こう側は「香米」で、ご飯を炊く時、一般の米に少し混ぜて炊くと美味しくなる種類です。 しかし、植え方は普通米と同じ「直播」でした。 手植えするように、はじめに言っておけば良かった。残念! | |
せっかくだから、中根君のために水郷ですこし遊んだ。ヤギ親子が離し飼いされている。 近所の子供が魚とりしている。私も子供の頃やったことがある。 川をせきとめて、魚を生け捕りにする「かいどり」というやつだ。 |
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タクシーの運転手は1時間くらいなら待っているという。
空で帰るよりいいからだ。帰りは安くしてもらった。
ではでは、再見!
From DALIAN With Love!
2001年6月24日(日)>一ヶ月ぶりに田んぼを見てきました。
荷物、無事届きました。ありがとう。
ずいぶんたくさんです。商売が出来そうです(^O^) |
顔見知りになったシロと鶏が歓迎してくれます。 |
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久しぶりに豚小屋を覗きました。庭で蛇の抜け殻を発見しました。 徐さんがニヤニヤしているので、私が財布に入れようとすると大笑いとなった。 中国でも同じ言い伝えがあるようです(^O^) |
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私の田んぼは少し高い位置にあるので、ひび割れた田んぼに早、枯れかかった稲が見られます。
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定点観測地点(左側トーモロコシ、右側コメ) | 我が田んぼもひからびて瀕死の状態です |
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それより何より最大の関心は「看一眼」がどうなっているかです。
早速、見に行きましたが、やはり同じように田に水気はありません。 ただ、これを枯らしてはいけないと言う気持ちが徐さんにはあるようで、 貯水池の水をポンプで注水しているようでした。 |
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日本の「ひとめぼれ」は順調に生育しそうですか?と質問すると、 徐さんは「ひとめぼれ」の田に隣接する、中国のもち米種「香米」(xiang1 mi3)の稲を指差して、 「ひとめぼれ」は細く、とても弱弱しいと心配していた。 | |
何はともあれ、悲惨な田んぼを見てください。 手前「ひとめぼれ」、右奥「香米」 |
中国種「香米」の田んぼ |
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水気の無い田んぼであえいでいる「ひとめぼれ」 | |
ところで、ちょうどこの日、6月24日は新暦の5月5日端午の節句です。 そこで、中国の端午節をご紹介しましょう。日本とよく似ていますが 日本と同じなのは「ちまき」を食べることです。 日本では菖蒲湯に入りますが、中国では蓬(よもぎ)を屋根に上げます。健康を害する疫病が入ってこないようにするためでしょうか? また、「ゆで卵」を食べます。面白いのはこの「ゆで卵」をお互いにぶつけ合い遊びをやります。 端午の節句は子供の節句です。 子供同志が力を競い合う、罪のない遊びです。相手の卵のカラを破ったほうが勝ちです。 |
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他には、徐さんの奥さんが私の腕に赤、黄、青、桃、4色の毛糸を巻いて縛ってくれました。 | |
どんな意味があるのかまだ聞いておりません。
<確認結果> みんなの最大の関心事は、いったい誰につけてもらったか?でした(^O^)
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お昼はいつも通り、徐さんのところでご馳走になりました。 メインディッシュは「池の鯉」と始めての「狗肉」です。 | |
節句の料理「ちまき」「ゆで卵」もあります。 面白いのは粟のように小さい、黄色いもち米で作ったちまきです。 写真を見てください。
たいへん美味しい。 11月の収穫までは毎月一度田んぼを見るため出かけます。 これまでは缶ビール、タバコなど、もっぱらご主人向けであったが、今回は奥さん用にジュースを1ケース持っていきました。
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2001年7月24日、こんにちは!お父さんです。元気だかね! 日本は連日、35度を超える暑さと報道されています。皆さんはいかがお過ごしですか? こちら大連も日中は確かに暑いのですが、朝晩はたいへん涼しく、秋を思わせます。 会社の中庭にはたくさんの赤トンボが舞っています。 さて、異常なほど雨の少ない大連で、どうしているのか? 大変心配なのが「看一眼」です。 22日(日)約1ヶ月ぶりに様子を見に行ってきました。 お供は牟さんと楊さんです。 実は19日、わずか半日でしたが、かなりの雨が降りました。 恵みの雨とはこのことです。 できることなら、大連市内だけでなく、田んぼのある地域にも降って欲しいと願っていました。 途中の道路ではこの地方に雨が降ったかどうか、よく分からなかった。 しかし、田んぼを見に徐さんと一緒に農道を歩いて、はっきり解りました。 ここにたくさんの雨が降ったことを。 道が雨で大きくえぐられているのです。 徐さんに聞けば、こちらでもかなり降ったという。太好了! |
いつものとおり徐さん宅の庭をぐるっと見回す。
犬のシロがいなくなって、黒い大きな犬に変わった。 ちょっと恐いね(^レ^; おっと、ブタ小屋が騒々しい。何だろう??? |
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子豚がたくさん生れたーーー。寝ていた母ブタもあまりうるさいので立ち上がった。黒ブタだ! | |
先月、半分以下に落ちていた貯水池の水位も、今では半分以上に戻っていた。 そして、何よりだったのは田んぼに水が張っていたのです。稲は30〜50cmくらいにまで成長していた。 ただ、田んぼは日本とは比べ物にならないほど、手入れが悪い。 田植えが「直播」という荒っぽいやり方から考え、当然のようにも思う。 |
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定点00>左側トーモロコシ、右側田んぼ。向うの山裾まで全部トーモロコシ畑です。 | |
定点01>除草剤で葉が枯れかかった稲。 しばらくすると元に戻るという。が、心配です。 |
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定点11>雑草が生い茂る、悲惨な田んぼ。
なぜかトーモロコシが田んぼの真中からでているところ。 除草剤を無造作に撒いたのか、雑草だけでなく稲も黄色く変色しているところ。 |
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などなど。 | |
こんなことで収穫はあるのだろうか?心配になってきました。徐さんに聞いてみた。
ということは、田んぼの大きさは全部で約3333u(約1000坪)だから、1uあたり約0.1Kg????ちょっとおかしいかな???? 田んぼの大きさか収穫量を聞き間違えたようです。正確な数字は10月の収穫で明らかになります。
心配していた「看一眼」(ひとめぼれ)も地元の米「香米」よりは弱々しいが、先月よりしっかりと根付いている。 |
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看一眼(手前の一画) | |
ただ、徐さんに言わせれば、「茎も葉も細く、まだまだ安心は出来ない。
私は答えた。「ここ中国は台風がないから心配することはありません」と。 日本は8月半ばから9月末頃まで台風がたくさん来る。そこで、日本の米作りは、7月から8月にかけて田んぼから水気をなくす これは、害虫駆除が主な目的であるが、こうすることにより、稲は水を求めて、地中深くまで根を張る。
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徐さんと私 |
徐さんの息子(美容師)と弟さんの子供 |
いつも可愛らしい牟さんと楊さん
いつものように、今日もお昼をご馳走になりました。
今日は開発区で美容院に勤めている息子さんが来ています。 このために朝早く、鶏を一羽準備したという。これは大変なおいしさでした。 ゆでたトーモロコシの甘さ、収穫した落花生のから揚げ、どれもこれも新鮮そのものでした。 私はお土産に、カレーとシチューのレトルトパックを5個持っていきました。 食べ方は簡単です。 が、念のため身振り手振りで教えました。 解ってくれたでしょうか?心配です。 来月、訪問したとき、味はどうでしたか?と、聞いてみます。楽しみです。
まずいので捨ててしまった。 ではでは、再見! |
2001年9月8日、こんにちは!お父さんです。元気だかね! 8月26日(日)1ヶ月ぶりに田んぼを見に行きました。 今日は、雲ひとつない、空が真っ青に抜ける、素晴らしい天気です。 今回は楊さんに案内してもらいます。実は楊さんの彼も一緒です。 是非、田んぼを見たいといいますので、喜んでいっしょに行くことにしました。 こんな格好で出かけました。 5月のGWに会社のみんなと「海王九島」に旅行したとき、初めて見ました。 デコボコ道であろうが、歩道であろうが、お構いなしにすっ飛ばす。 |
劉君が庭の山羊と遊んでいるところをこっそり撮影。 | |
早速、田んぼを拝見しました。 | |
定点00>左側のとうもろこし畑も、もうすぐ収穫時期です 空の青さを見てください。 |
定点01>ところどころ色が変わっているのは雑草です |
6月は一雨もなくカラカラ田んぼに、もうだめかと心配しましたが、7月は打って変わって雨雨雨でした。 | |
干上がった溜池も満水です。 | 定点02>順調に生育しています |
「ひとめぼれ」も徐さんいわく「很好」な状況でした。 幸いにも、ここ中国のスズメは一番軟らかく、甘い穂を食べないようです これに対し、「ひとめぼれ」は粒は小さめですが、数が多く、何よりも穂は高く、しなやかで、大連女性のようにスタイル抜群です。 徐さんが「很好」という意味が解ります。 |
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ひとめぼれ |
香米 |
収穫が楽しみです。時期は10月の中旬くらいとのこと。 このときはまた、会社のバスでみんなと稲刈りにきます。 さて、今回は「あと書き」ならぬ「あと撮り」を少し見てください。 |
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稲穂に巣くう蜘蛛です。日本と変わらぬ様子にほっとします。 | |
今は小さな鶏舎ですが来年は大掛かりに食用鶏を飼育するそうです。その準備も始まっていました。 |
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遠くに見える山は「小黒山」です。 ここも金州ですが、ここよりもっと大連市内に近いところに 「大黒山」があります。大黒山にはまだ行ったことはありません。が、金州きっての景勝地で、秋になると山は黄色に 色づいて大変きれいだそうです。 |
今日は実は別の女性も一緒でした。 日本語を勉強中の北国から来た2人です。 田舎を懐かしむため、是非といわれたので、 劉君に無理いって乗せてもらいました。 |
ではでは、再見!
From DALIAN With Love!
2001年10月26日
こんにちは!お父さんです!元気だかね!
21日日曜日稲刈りをしました。
会社のバスを借り、9時半会社出発予定で、みんなに参加を呼びかけました。 残念ながら、この日は出勤日という異常事態となり、参加者も減りました。結果は子供連れ3組、大人13人の全16人でした。 |
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バスの中 |
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となりのおばさんがお母さんと同い年の通訳「張書」さんです。 | 出発が少し遅れたため、田んぼについたのが11時近くになってしまいました。みんなは農家が珍しいようで、豚、牛、鶏などを見て、キャッキャと騒いでいる。 |
今日の私の徐さんへのお土産は、この前お母さんが持ってきた「フルーツゼリー」の残り4個です。 いつも日本的なものを、粗末なものでも良いから必ず持ってくるが、今回は本当に何もなく困りました。 あまり時間もないので、私は挨拶も早々に早速、稲刈りをと、徐さんに鎌を借り、田んぼに出かけると、最近降った雨のせいで田んぼに水が残っているのです。 徐さんは水の少ないところを探していたが、私の借りた田んぼが一番水気がないように思えたので、裸足になって入り、刈り始めました。 私が契約した田んぼ2枚は、他の田んぼより少し位置が高いようです。 だから水不足で生育が悪いようです。穂も他の田んぼより悪そうです。 徐さんはこれを知っているから、収穫の多い田んぼを探していたのではと感じました。 ご好意はありがたいのですが、収穫量の多そうな田んぼは水がいっぱいです。 |
徐さんによる束ね方講習 | |
豊作豊作 | またたくまに刈り取られていきます。 |
韓部長も大張りきりです。明日は仕事ですよ(^O^) |
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終りました。 | 記念写真 |
終ったのが丁度、13時でした。さすがにみんなお腹が減っています。 帰りに「ひとめぼれ」をみんなに見せ、徐さんに御礼を言って帰ろうとすると、奥さんが太く青い大根をみんなに振舞っていた。食べると大変美味しい。みんなお土産として一本づつ貰った。 私にはもっとおいしいと言う、赤大根をいただいた。 帰って、食べましたがたいへん美味しいものでした。何もつけずに生で食べるのです。 こういうところでは16人が一度には食べられない。結局、金州まで来てしまいました。
普通、中国料理を回転テーブルを囲んで食べる場合、皿が空になるようなことはほとんどなく、運ばれてくる料理を、皿と皿の上に千鳥に積み上げていきます。 今日はそんなことがないのです。 確かに腹は減っていたが、それ以上にみんな本当に美味かったと言います。 殺し文句がありました。「近いうちにまた来る予定があるから」でした。 |
追伸 |
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徐さんにお土産としてもらった赤大根です。 直径10cmくらい、表面は紫色で、内側はピンクです。 たいへんみずみずしく、おいしいです。 |
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小枝はほとんど落葉しましたが、暖かい室内のせいか新芽が出てきました。 |
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ではでは。再見!(^O^)/〜〜
From Dalian With Love
2001年10月28日 、こんにちは!お父さんです!元気だかね!
実は今日28日も田んぼにいってきました。
ひとめぼれの穂がどうしても欲しいのです。
お昼からタクシーで行ってきました。
徐さん宅には14時頃着きましたが、家には誰もいません。 |
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初めておじいさんにお会いする。記念に写真を撮る。 |
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道路左側のトーモロコシも収穫が終っている。 |
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稲刈りもほとんど終っている。 | |
田んぼのほうに行くと、もうほとんど稲刈りは終っていますが、 奥のほうで女性ばかり5人が顔を防寒用の毛糸のマスクをつけて稲刈りしていました。 今日はとても風が強い。日差しも弱く、風がとても冷たく感じる。 |
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目的のひとめぼれは既に収穫を終えていた。可憐な穂は扱いが悪いと簡単に折れてしまう。 我が家の庭に飾るため、稲穂を少し貰った。お土産にまた大根をくれた。今度は白菜をつけて。 たくさん貰ったので、常磐さん、楚さん、大原君にお裾分けした。 楚さんの奥さんはこんな新鮮なものをと言って、大変喜んでくれた。お礼にみかんと柿をいただいた。 大原君は今日は仕事で留守。6時頃お礼の電話があった。やはり大根は好きのようであった。 |
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我が家の庭、第2弾を見てください。 今回は、「これが秋だ」というものもあります。 稲穂はひとめぼれと香米の両方あります。 どちらがひとめぼれか解りますね!そうです。一目瞭然です。 |
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わが庭園もますます充実してきました。 |
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ではでは。再見!(^O^)/〜〜
From Dalian With Love
2001年11月25日、こんにちは!お父さんです!元気だかね! 約1ヶ月前に刈り取った稲を、25日日曜日から脱穀と言うので見に行って来ました。 24日は一日、強風が吹き荒れました。 その前までは異常気象とも思える暖かい日が続きました。 気持ち悪いね!と言うと、「地震が起こるかも」といいます。 中国でも日本と同じようは言い伝えがあるようです。 毎日毎日深い霧で朝晩は何も見えない日が続きました。 マンションからは何も見えないほどです。ちょうど、獅子座流星群が見える頃でした。 日本では綺麗な流星がたくさん見られたとテレビが伝えていました。 が、大連では空が灰色に染まり、まったくだめでした。 今日は今年最も寒い一日となりました。白いものがチラチラ舞いました。 初雪が降ったのです。 昨日電話で徐さんに確認したときは、雨か雪が降らない限りやると言いました。 雪もたいした降りかたではないので問題はないでしょう。 あまり寒いので、午後訪問しました。家は鍵がかかって、誰もいません。 表に出ると、野菜畑の方でポンポンという音がします。やっていました。 ベルト駆動の脱穀機です。 うずたかく積まれた稲を脱穀機まで運ぶ人>2人。 脱穀機のコンベアに送り込んでいる人>1人。 脱穀機に稲がうまく入ったかどうか確認する人>1人。 脱穀機から出てきた稲に稲穂が残っていないかどうか確認する人>1人。 済んだ藁を束ねて適当な大きさに縛る人>1人。 脱穀された米が袋に一杯になったら、袋を交換し、一杯になった袋を縛る人>3人。 脱穀機から噴出された細かい藁を竹箒で掃除する人>1人。 以上、合計10人でにぎやかにやっています。 作業風景を見てください。 |
うずたかく積まれた稲 | 作業全景>笑顔で迎えてくれた奥さん。 | |
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脱穀機 | 稲穂のチェック | |
作業全景 | ニコニコと元気一杯の70歳 | |
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掃除 | ||
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一口メモ>
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2001年12月22日、こんにちは!お父さんです!元気だかね! 日曜日、いよいよお米を貰いに行きました。今年最後の徐さん宅訪問です。 会社のトラックを借り、運転手の衣さんにお願いしました。他は宮さんです。
見渡す限りに畑が真っ白に染まって、それは綺麗でした。 |
雪の畑 |
脱穀がまだ残っている |
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徐さん宅の庭には脱穀モミ米の入った袋がうずたかく積まれています。 |
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徐さん宅の庭 | 徐さん宅入口の屋根>保存食料トーモロコシ | |
黒豚に子供が生まれました。 |
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近所の娘さんと徐さんの弟の子供 |
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モミ米を積み込むとき近所の人が出てきました。 |
精米所は車で5分くらいのところにありました。 | |
昔、子供の頃、見た事(大足の岡田精米)のある、ベルト掛けの機械でした。 日本米「ひとめぼれ」、中国米「香米」と順調に精米が進み、いよいよ、私の田んぼで採れた中国米の精米ですが、 モミが残ってしまうのです。ひとめぼれと香米が収穫量が少ないので、小さい袋に入っていたが、 普通米は大きな袋に入れてあるため、雪降りなどの悪天候で、十分乾燥しなかったようです。 |
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諦めなければなりません。今日はこれで帰ることにしました。 |
精米機故障>修理中 | |
別棟の粉ひき場>手前の人が店主 | 気さくな粉ひき娘??? | |
次回の精米日を、次の日曜日9日と約束したが、前日にまだダメだと徐さんから電話があった。 そこでまた、次の日曜日16日にしましたが、この日もまだダメだという。 いつがいいかと聞くと17(月)か18(火)なら問題ないという。 200Kg近い米ですから、タクシーでもらいにいくわけにもいきません。
最初の内は「市場と同じ値段なら欲しくない」という人ばかりでしたが、誰かが「鈴木さんの米は市場の米より大変美味しい」というと、次から次にやってきて、あっという間に売れてしまいました。 実際掛かった費用はタクシー代、徐さんへのおみやげ代などですが、どちらも田んぼの借り賃を大幅に越えています。 来年またやりましょう(^O^) ただ、差し上げた皆さんから、こんなに美味しいご飯は生まれて初めて! 「ひとめぼれ」と「香米」 ではでは。再見!(^O^)/〜〜 おしまい |
追伸
2002年3月11日、こんにちは!お父さんです!元気だかね! 春節明けの2月24日、農家の徐さん宅に新年の挨拶に行って来ました。 春節は尚志の結婚式のため日本に帰りましたが、実は、昨年、徐さんから春節には必ず遊びに来てください。 と言われていました。 徐さんは2種類の食肉豚を飼っています。 子豚は一回に約10頭ほど生まれますが、これが少し大きくなったものを春節に食べようと言うのです。 農家は通常、子豚の状態では食べません。もったいないからです。 これを私のために料理してくれるというのです。 さて、これに対するおみやげでかなり迷いました。が、日本の伝統工芸、羽子板の藤娘にしました。 半田の「まるよし」でお母さんといっしょに選びました。 壊れてはいけないと思い、大事に手で下げてきました。 この羽子板はスタンド付きで、かなり高価なものですが、楊芳に聞けば、農家にこのようなものをあげても、価値が解らないと言います。 それでも私は、今まで日本の伝統文化を表すものをお土産にしてきました。 それは、縁あって日本人と知り合い、付き合って良かったと思える日が、このようなおみやげを通して、いつか必ず来ると信じているからです。 しかし、農家はほこりっぽいところです。家にはこのような置物を置く場所も少ない。 ガラスのケースに入ったものなら問題ないが、持って来るのがたいへんです。 羽子板は透明なラップがされているから、このまま置けば埃にはならない。 と考えて、決定しました。 一緒に行くのは楊芳と始めての王鴻雁です。10時にマンション前出発。11時頃着く。 |
料理支度中の徐さんの奥さんが家から出てきた。 庭には春節の打ち上げ花火の残骸がまだ残っています。 |
また、昨年10月は子犬でしたが、 今は怖いほど大きくなった名無しの権平がいました。 徐さんは前の犬もそうでしたが、名前をつけないようです。 |
ご主人は鶏小屋に居ると言う。昨日、3000羽のヒナが小屋に入った。 写真見てください。かわいいヒナがたくさんいます。 |
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広い鶏舎はヒナの段階では大きすぎます。 そこで中を半分に仕切ってビニールシートで囲い、ここを暖房していました。 徐さんは中に入っていいと言いました。中は汗ばむくらいの暑さです。 かわいいヒナが足元にまつわり付いてきます。 ここでウッカリ足を上げてしまいました。 徐さんからはズリ足で歩くように言われたのに忘れていました。 足を下ろしたときグシャという音がしました。 直感的に、しまった!やってしまった!と思いました。 足を上げるとそこにはかわいそうなヒナがいました。 奥さんが冗談まじりに2元2元と騒いでいます。このひなは1羽2元(30円)なのです。 お母さん、日本では食肉用のヒナはいくらくらいですか? 1羽2元で3000羽ですから6000元の投資です。 このひなを大きくして、売るときには大体1羽10元くらいだそうです。 約5倍ですが、それまでの飼料、手間など引いて採算取れるかどうか、まだ解らないそうです。 価格は市場で決まります。需要と供給の関係ですから、価格は変動します。 なんとか採算が取れるようになってもらいたいと念じます。 |
二人ともすっかりかわいいヒナのとりこです。 |
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昼食前におみやげの羽子板を組み立て、テレビの台に飾りました。 |
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食事の支度が出来ました。約束の子豚の料理が出てきました。 |
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また、今回は珍しい飲み物をいただきました。自家製の白酒です。
原料は米で、飲みましたが、とてもお酒とはいえません。 アルコール度は低く、本物の白酒とは比べ物になりません。「米の果実酒」とでも呼んだほうがよさそうです。 帰りには、本物の白酒と偽物の白酒を一本づつおみやげに貰いました。 ではでは。再見!(^O^)/〜〜 |
【2013年1月21日サーチナ】 |
【中国ブログ】細やかな配慮…日本のコメがおいしい理由 |
日本を訪れ、日本で食事をしたことのある中国人は、「日本のコメは中国よりもおいしい」と言うことが多い。日本のコメと中国のコメは一体、どのような違いがあるのか、中国人ブロガーの「yuanli」さんがブログで考察した。
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筆者は、日本を訪れた中国人が「日本のコメはおいしい」と語ることについて、「7000年以上も稲作の歴史を持つわが国よりもおいしいコメが日本にある」なんて、当初は理解できなかったという。コメづくりについては中国が「大先輩」であることは事実であり、それが先入観になってしまうことも、ある程度はやむをえないのかもしれない。
しかし筆者は、専門家から教えを得て、長期間にわたり考察を続けた結果、日本は品種選びから生育、収穫、貯蔵、精米までコメづくりを科学技術に基づいて行うと同時に、生産者が丹精こめて育ていているからおいしいコメを作ることができると考えるに至った。 よいコメ、おいしいコメを作ろううと生産者は努力を続けており、「だからこそ、日本では食事の前に手を合わせて感謝を表わすよう子どもたちに教えているのだ」と、感心した様子だ。 筆者は日本のコメがおいしい第 1の理由は「優れた品種改良」と指摘。北海道や九州で品種改良が成功し、新たな品種のコメが続々と誕生すると同時に、消費者からの支持を獲得、以前の優良品種を圧倒している。例えば北海道の「ゆめぴりか」は、日本穀物検定協会の「食味ランキング」で特Aに選ばれているほか、佐賀県や福岡県の新しい品種も入選している。 日本のコメがおいしい第 2の理由は「低温貯蔵」と「精米技術」と指摘。「乾燥、低温、密閉」の3原則に基づいてコメを保管すれば、品質と鮮度をより長期間保つことができるが、日本の精米機は低温のままでコメを加工、栄養成分を壊さずにちょうどよい具合にコメを精米しているとし、「日本の農家のような細やかな配慮があってこそ、おいしいコメを作ることができるのだ」とつづった。 |