虚礼廃止とか何とか言われて久しいものに 年賀状 があります。
準備にもかなりの時間がかかり、結構面倒なものです。が、
元日に配達されてくる賀状は多分、誰もが心待ちにしているものでしょう。

友人、先輩、後輩、趣味の仲間、会社の同僚・上司、親戚、・・・
親しい人、御無沙汰している人、昔の人、今の人、・・・
などなどさまざまな人たちからの便りが「ドッ」ときます。

一番の楽しみは普段音信の無いひとの元気な賀状です。
かく言う自分の賀状も多分、相手からそう言われていることでしょう。
つまり、賀状だけが便り(頼り)の人もかなり居るということです

ということで、いろいろ取りざたされている習慣(年賀状」ですが
意外にしぶとく生き残るように思います。が、しかしです。
市販の印刷賀状に宛名書きしただけではあまりに味気なくありませんか。
できればこの賀状に「自分」あるいは「相手」への思いを託しませんか。
このような賀状は新しい年の門出にふさわしいもので心が和みます。

それでは、私の賀状を通して年頭のご挨拶を申し上げます。

1997年牛年

 

今年は牛年>>モー!!いいかげんにしてほしい。

次の年賀状はここらあたりを風刺したつもりですが、いかがでしょう??
いつまでも「かくれんぼ」してはおれません。必要なのは、

若い者に負けない中高年!年寄りの世話ができる若者!

両世代の頑張りがいまこそ必要です。とにかく いい年にしたい ものです。

 

 

97年はバブル病治療のための薬害(副作用)が日本経済全体をむしばみはじめ、手の打ちようも無いほどとなった。「とにかく いい年にしたい」と申し上げましたが、いい年どころか逆に「悪い年」になってしまいました。

ただ、私自身はこの1年超多忙でした。が、文字どおり「貧乏暇なし」。
宮沢賢治の「働けど働けど我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る」でした。皆さんはいかがでしたか。

年頭に もう イイカイ と呼んだとき、牛さんに もう いいよ と答えてもらいましたが残念ながら牛さんはこの願いをかなえてくれないどころか、事態はますます昏迷の度を増してきました。牛さんの完全なる敗北です、さぞや悔しいことと推察します。

 

ボロボロになった牛さんのふりしぼるような断末魔の声が聞こえます。
「虎さん、後を頼みます。あなたならきっとやれる。よろしくお願いします」

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