お父さんの傑作
(はたけ)

お父さんの傑作「野菜シリーズ」を生み出す「畑」をご紹介します

1900年代 2002年 2004年 2005年
2006年 2007年 2008年

20世紀の懐かしい写真

1974年5月  
   
1976年11月  
   
1990年12月>嫁と姑が仲良く野菜づくり。
素晴らしい畑に感嘆あるのみ(^o^)/
(親父が死んで6年、私がマイホームを作って4年が経過)
嫁さんも母もまだわかーーい(^O^)
みかんも柿も夏みかんもみんなまだ木が小さい。
   
1990年の写真は貴重なものです。私も仕事が忙しく、畑に出かけることは極々稀なことでした。
大連から帰ってきた2004年8月以降、まずは草取りから、少しずつ手伝いをするようになりました。

20年後の2010年では、足元がふらつくため外出を極端に嫌うようになり、畑に行こうとも言わない。
5月2日の誕生日には88歳の米寿祝い会を盛大に挙行した。全国から孫3人の家族15人(内、曾孫6人)が祝ってくれた

   
1999年8月>薫君(当時23歳)の応援で椿の剪定大作戦(VHSから抽出)<この当時はまだ南側に借家があった。

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2000年5月から2004年8月まで中国大連赴任のため畑の写真はほとんどない。

2002年

2002年12月>正月帰国の折り、畑に出かける。と、借家(手前左側の空き地)がなくなっていた。
   
母は既に80歳となった。が、畑は立派に耕されている。(鍬で耕すのはほとんど奥さんの仕事だった模様(@_@;)
この当時はばあさんが畑を管理していた。なかなかバラエティに富んだ作付けです。
大根、白菜、人参、ニンニク?らっきょう?、キャベツ・・・・・
   
嫁さんの手助けのことは何も言わず、自分がやったと自慢する。ばあさんには困ったもんだ!
嫁さんに対する感謝の気持ちがなければ、いつまでも手伝ってはくれない。これが人情というものである。

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2004年

8月>大連駐在から帰国。 理由はばあさんの一人暮らしが限界状態に達しており、そろそろ同居を視野に入れないと!
 
12月7日>畑に出かける>定期的に畑周辺の家並みを記録する(道路右側の家はまだ残っている)
   
この畑は82歳のばあさんがやっていたものです。が、畑がきれいすぎる。多分、嫁さんが手伝っていると思う。
   
   
ばあさんも80歳を超えた。足のしびれで最早、野菜作りは無理である。
私の当面の課題は「野菜づくり」ではなく、「雑草でご近所に迷惑を掛けないこと」、 である。
   
また、親父が作った農機具などを収容する物置がボロボロに錆びてきた。そろそろ作り替えないといけない。
材料や道具は親父が大工だったこともあって、豊富にある。が、まとまった時間が確保できず着手できない。

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2005年

大連から帰って約1年後くらいから、ばあさんと一緒に畑に出かけるようになった。
私の役目は、鍬を使っての力仕事と、草取りである。
   
白い花が咲いている草は雑草に近いもので、簡単には切除できない。備中鍬では掘り起こすことが出来ないほどしっかり根が張っている。 西の家は現在、空き家である。持ち主は草取りもしないので、草ボーボーだ(−−〆)

5月>草との戦いが始まった。

5月

6月>南側の地境も○○さんが草取りしないので、畑にドンドン侵入してくる。 まったく!困ったもんです! 6月>取っても取っても草は出てくる。手前の駐車場も無管理状態なので、両側から雑草が種をこぼす。
6月>手前は収穫時期のジャガイモ。
右奥の青い葉は今や雑草化した巨大球根花。

とりあえず、駐車場への通路を除草

7月>ジャガイモ収穫、巨大球根除去、根を掘り起こすのに備中鍬が壊れた。 7月>シート敷設で草を蒸し焼き
7月4日>この土地は周りに排水溝がないので、大雨が降った後はこのようにため池状態となる。
晴れが3,4日続かないと入れない。

8月

  9月>西側は立入りもできないので、止む無く除草剤を散布。
7月6日>土が柔らかい内に巨大球根除去
約1ヶ月かけて球根を完全撤去した(^o^)/
 
 
7月>西側のみかんや柿の木の根元の草も取って、根元に集める。
7月12日>草取り、ほぼ完了

7月15日>ボロボロ物置小屋の撤去と、垣根(椿、雑木)の枝打ちと、草取り。
中央部の杭から右が我が畑であるが、左側の空き地(駐車場になっている)の雑草がひどく、地主が取らないので、私がいつも取っている。
撤去した物置の残骸を雑草侵入防止のための遮蔽板として南側の地境に並べる。
農機具などは椿の木の根元にU字溝と波トタンを敷きその上に置き、ブルーシートを木に紐で縛り被せる。
いいかげんなもので親父御免な^_^;

7月20日>玉草除去大作戦

玉草とは
枝打ちした枝がお天気続きで枯れてきた
カラカラ天機が続き、さすがに雑草も生えてこない。

ところがである。
東側の側溝沿いの杭の辺りに「玉草」がしぶとく繁栄しているのだ!玉草の球根は地中深く残っており。
取っても取っても絶えない。

取ったつもりでも小さな玉がポロリと落ちて、それがまた芽を出してくる。青葉を無理に引っ張ると玉と青葉の間の白い茎部分で簡単にちぎれる。そして、玉が地中に残るというしたたかな仕組みになっている。

しかも、杭とネットがあるため、取りにくい。
除草剤も地中深くまで届かないので、効果なし。
お手上げだ(^レ^;

今日は徹底抗戦を決意した。東側側溝の杭を抜いて玉草除去大作戦敢行!

花は可憐で綺麗なのであるが、
繁殖力が強く、いやみな草である。

 
7月20日
7月25日>折角草取りしても10日でボーボーだ!
8月10日>除草剤散布 9月16日>約1ヶ月で完璧に枯れた

9月16日>枯れ枝焼却<当時はまだこのように枯れ草、枯れ枝を空き地で燃やすことが出来た
 

畑に直径1m、深さ50cmほどの穴を掘り、 枯れ枝枯れ草を入れ、燃やす。
終わったら穴を土で埋める。 10月4日>白菜の畝づくり
 
10月1 3日>地境のコンクリート杭の周囲に玉草が頑固に生き続けているので、これを掘り起こす。
 

10月14日>北側と東側には玉草がまだまだ多量に残っている。
そこで、大根種蒔きのとき、水はけ改良を兼ねて土を掘り起こし、再び玉草除去作戦。
手前は大根の種まき用畝作りロープ。

 
10月21日>柿が鈴なり
 
10月25日>まだ小さな草は生えている。そこで太十さんにお願いして耕運機で耕してもらう。
ばあさんも久しぶりに畑に来てくれた。長年の習性でツイツイ草が気になる。

   
10月30日>ジャガイモ収穫
11月23日>太十さんが玉ねぎの畝を作っている。几帳面な性格がよくわかる(^J^)
12月21日 翌日22日>大雪

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2006年

4月16日 6月2日
6月7日>甘夏ミカンの木が垂れ下がってきたので、枝打ち  
7月8日>1週間もしないうちに草が伸びる。取っても取っても追いつかない(@_@;)
7月26日>2週間でこれこの通り、伸び放題(−−〆)
7月26日 8月13日

草との戦いに勝つ王道はない!とにかく、根気よく取り続けることだ!

7月28日>ほぼ連日草取りを続ける  
8月2日>太十さんに耕運機で耕してもらったので、とってもきれいになりました(^J^)
8月30日>1ヶ月経過しても草は生えてきません(^o^)/
9月5日>ネギを植える。 9月30日>大根と白菜を植付ける。
10月28日>再び、太十さんに耕運機で耕してもらう。
12月4日>玉ねぎの畝づくり(白菜との間にはえんどうの芽が出てきた)

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2007年

2月28日>畑の東の家が取り壊された。 太十さんが今年最初の耕運機を使ってくれた。
4月6日>ジャガイモの芽が出てきた 4月19日>ばあさんが久しぶりにお出ましになった(●^o^●)
4月21日>西側のみかんの木の根元が玉草がニョキニョキ出ているが、根っこがあるため、完全には除去できない。 そこで、ブルーシートを敷き詰めて、太陽光遮断作戦。ただ、木にはあまりよくなさそう?
様子を見ながら継続の可否を判断する。

 

5月3日>東側宅地の跡地に木が植えられた。雑草を生やすと近所迷惑ですから。
西の空き家とその隣の駐車場、および住んでいるのに地境の雑草を採らない南側のようにならないようにしてもらいたい。近所に迷惑をかけないという気持ちは日本人として当然の公序良俗である。

 

毎日、畑に来るわけではないので、草が生える。私の畑仕事は「野菜作り」というより、「草取り」である^_^;

7月1日>安心していると、これこのように草ボーボー(−−〆)、ブルーシート敷いても全く効果なし。

7月17日  
7月19日>左側の長屋の空き地は草ボーボー、右側の我が畑も草ボーボー。

他人のことを言える資格なし。

それにしても我が畑には、雑草のタネがしっかりまき散らされている。これを根絶するには根気よく草取りする以外、方法はなさそう(-_-メ)

しかし、現状では野菜の栽培は畑の広さのほぼ半分程度である。半分は放置同様なので、雑草畑となってしまう。雑草を生やさないためには雑草が出てこれないように野菜を作ればいいのである。

7月20日>きりがないとは言え放置はできない。この季節雑草対策は一大作業である。
7月28日>連日の草取り
9月9日>西の雑草ボロ屋敷が取り壊され、整地している。
新しい家が出来そうだ!これが最良の雑草対策だ(^o^)/
9月18日>取り壊された西側から畑を見る。
隣との地境には雑草の帯が残っているが、除去されるから安心だ!
11月19日>西側が整地されて2ヶ月が経過>草ボーボーだ。
積年の種子がしっかり土中に潜んでいるようだ。
11月26日  
12月3日 12月16日>醗酵牛フン40Lをみかん、柿、甘夏ミカンの根元に施肥え。地鎮祭も終わった。

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2008年

1月10日>駐車場も整地しているところを見ると、西側に2軒家が建つようだ。

1月18日 1月25日>基礎が終わった
2月2日  
2月15日>西の家の建築が進む。 2月16日
3月5日>着工後1ヶ月半で壁付け始めた。 3月12日
布土の叔父さんがネギを植付けに来てくれた。
3月26日>夏野菜用畑の土壌づくり(牛フン散布) 3月30日>畝づくり
4月1日>水はけ改善のため水路づくり  
4月25日>駐車場側に不要になったカーペットを雑草防止のため敷き詰める 5月17日>垣根がボサボサなので、枝打ちし、それをブルーシートで覆う。枯れたら葉と枝を分離し、少しずつゴミに出す。
なお、ブルーシートの敷設場所は他人の土地ですが、近所の皆さんは、この空き地を駐車場代わりに利用しています。所有者は遠方の方のようで、お会いしたことがありません。
ただ、雑草が伸び放題なので、私が絶えず除去しています。
5月22日>夏野菜植付け(なす、トマト、キュウリ)
5月24日>東方向の畑の様子 栽培中の野菜名(上から)
えんどう

玉ねぎ400株

ジャガイモ150株

イチゴ

 

 

 

6月1日>初夏の畑  
6月8日  
左奥>夏野菜(トマト、きゅうり、なす)

右側>ジャガイモ

中央奥>イチゴ4株

 

中央中>ししとう・ピーマン各1株

 

中央手前>唐辛子2株

6月11日>枝打ち後、ブルーシートで完璧ガード。
ブルーシートの辺りは私の地所ではないが、地主が草刈しないので、私も意地になる。

西の 家は完成間近。ジャガイモは収穫時期間近。

6月13日>夏野菜の株に支柱立て 6月19日>支柱の立て方がぎごちない。
一目でど素人とわかる(@_@;)
6月22日>雨の後は池のようだ!3日くらいはグチャグチャ!
この畑には四方どこにも水の流出口がない。東側の排水溝には口がない。
6月27日>ジャガイモの収穫を終え、さっぱりした畑。
西から東方向
手前>スイカ、中左>キュウリ、トマト、ナス
右>唐辛子・ピーマン
東から西方向
手前>ジャガイモ、奥>キュウリ、トマト、ナス
7月17日>11日から連日35℃近い猛暑日が続いている。畑はカラカラです。
西の家が完成しました。月末から生活できるようです。地境もブロックで仕切りました。
左官屋さんは迷惑掛けたと謝罪しきりだったが、私は」これで雑草地獄から開放される」と、大感謝\(^o^)/

7月18日  7月20日
7月29日>畑づくり
8月1日>堆肥作り

畑の草を取った後、枯らしてそれを再び畑に戻していたが、これでは3,4ヶ月すると再び芽が出てくるという

そこで、自宅の生ゴミをアスパで堆肥化している方法で枯れ草をアスパで堆肥化することにした。
油缶2缶に枯れ草を入れ、アスパを入れてよくかき混ぜ、蓋をして2、3日置く。

8月4日>畑づくり(苦土石灰)  
8月8日 8月10日
8月27日>畑づくりのあと、 直ぐに雨降り>8月30日
   
9月13日>我が畑は犬の散歩や猫のトイレとして、長い間自由に使用されて来た ようだ。
それは、苗が折られたり、畝の足跡などで解っていた。飼い主のマナーの悪さがある。
そこで、オープンだった外周にネットを張り、侵入できないようにした。
9月15日>通路3ヶ所に各2ヶ所づつ穴を掘り、冷凍食品用発泡スチロールを埋設し、雨水を貯める。
9月28日>しかし、発泡スチロールが浮き上がり、雨水が貯まらない>失敗だ(@_@;)

10月11日>秋野菜作り最盛り

10月12日  
10月31日 11月1日>西側みかんの木の根元に雑草は無(^v^)

2008年11月1日
正月のなべ料理が楽しみです。既にカーマで7人用の大きな土鍋(中国製(^レ^;)買ってきた。
孫が「鍋が食べたい!鍋が食べたい!」と楽しみにしています。
手前から@にんじん、Aキャベツ、Bネギ、C白菜、D大根 。野菜三昧の鍋料理が思いっきり堪能できます
孫たち(5人)には、代わりに肉を持って来るよう、指示してあります(^レ^;
そして、デザートのみかんと甘夏みかんが一番奥に生っている(^O^)
11月19日>西の青空駐車場で棟上げ 11月20日>西の青空駐車場に家が建つ

11月29日>秋爛漫(*^_^*)  
12月2日>椿が真っ盛り 12月6日
12月12日 12月31日

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